fourth artisan

ラクガキ、ガラクタ、トゲトゲ、パンパカパーン!

やりなおしの人生

 

終業間際の同僚たちが盛り上がってる会話の輪に入ろうともしない私は、毎度のごとくまるで魂の抜けたような雰囲気を醸し出しながら。

時折り求められる相槌に対しても、チラッと相手の目を見るやいなやすぐさまパソコンの画面へ視線を戻し、蚊の羽音のほうがまだよっぽどマシだろう『あー』だの『うー』だのという音を口から発するのみでした。

大変無礼かつ感じの悪い態度をとっているのは重々承知してたものの、現在の人格や記憶などの内面をそっくりそのまま持ち越して、子供の頃から再び人生をやり直したい!などという話題にどうしても関心を示すことが出来なかったのです。

いや、ひょっとすると興味が持てなかったのではなく、そうなれば必ず現状より輝かしい未来が訪れるのだと疑わない多くの意見に冷めた感情を抱いてしまった・・・とするのが正しいかも知れません。

何故ならば、私は、この私めは、幼き頃から一向に変わることのない、嫌なことを後回しにして最終的には逃げてしまう情けない性格やら、窮地に立って苦しくなったときは思わず嘘をついてごまかそうとする悪しき癖やらを正さない限り、何度やり直しても結局おんなじ人生しか送れないことをなんとなく知っているから。

確かに、この世に生を受けたのち、約50年の間で色んなことを経験して来ました。身についたスキルもそれなりにあるとは思うのです。けれども、それらを活かしきれなかった過去を清算するためには、少なくとも現時点の自分に打ち勝たなければ、時間をさかのぼるなど単なる延命に過ぎないと考えてたりします。

 

大人になっても打破できない性質を、

子供の自分に丸投げして何が変わる?

 

来週の自分には新たな別の仕事をさせるべきだから、

今週の自分のうちにさっさとこの書類を終わらせろ!

 

・・・と、いう訳で、明日からの未来に今日までの自分を持ち越したくない一心で、投げ出すことなく、たった今向かうべき苦難を乗り越えることが出来ました。

どうやらこれで、とても穏やかな心持ちで休日を過ごせそうです。そして、実に清々しく来週を迎えられるとも思います。月曜日の状況にビクビクしながら、願わくば金曜日の夕方まで巻き戻したいと後悔することもないでしょう。

 

きっと、そういうことなんじゃないかなぁー、って。

 

※当然ながら、上記の考えが全てにおいて当てはまるとは思っておりません。例えば身体的あるいは精神的に苦しむ人たちとの関わり合いの中で、なんとかして過去に遡ることは出来ないものかと祈ったことは幾度となくありました。